浅野祥雲 作品 再生プロジェクト ~野外彫刻の修復・保全活動に向けて

 

五色園 第10次修復活動のもよう(2016年4月9・10日)

修復対象は「御田植」(おたうえ)、「御流罪」(ごるざい)の2場面9体。

「御田植」の敷地は湿地化して希少生物の宝庫になっていたため、地域の環境愛護会が足場を組んでくださり、環境に配慮しながら作業を行うことができました。

約100名のボランティアの方々がご参加くださり、きれいにお色直しをすることができました。

五色園 第10次修復活動のもよう

五色園 第10次修復活動のもよう

 
五色園 第10次修復活動のもよう
 
 

五色園 第9次修復活動のもよう(2015年9月19・20・21日)

第9次修復活動のもよう 修復場面は「板敷山 弁円狙撃」「弁円悔悟」「先祖供養像」「羅漢」の合わせて21体。

「板敷山 弁円狙撃」は、山越えをする親鸞聖人一行を弁円(べんねん)一味が襲撃せんとするシチュエーションを丘の斜面を利用してダイナミックに再現した、祥雲さん自身も「傑作」と自負していた園内屈指の名場面。「弁円悔悟」は時系列でこれに続く場面。藪の中に埋もれた「先祖供養像」「羅漢」も合わせて修復しました。

対象の像が多いため、初の3日間開催。各日とも秋晴れの晴天に恵まれ、合わせて100名を越す方々が参加してくれました。時間に比較的ゆとりがあったこともあり、完成度の高い修復作業を行うことができました。

 

五色園 第9次修復活動のもよう

五色園 第9次修復活動のもよう

 
五色園 第9次修復活動のもよう
 
 

五色園 第8次修復活動のもよう(2014年4月12・13日)

「箱根権現御饗応」(はこねごんげん ごきょうおう) 修復 修復場面は「箱根権現御饗応」(はこねごんげん ごきょうおう)。雑木に覆われた丘の上にあり車道からはまったく見えませんが、園内屈指の隠れた名場面。山越えをする親鸞聖人御一行を箱根権現の神主らが巨大な鳥居の下で出迎えるというシチュエーションを、勾配ある地形を活かしてダイナミックに再現しています。

約6mの鳥居とどっしり塊感のある8体の像の塗り直しは予想以上に大量の塗料を要し、また杖など破損部も多く、労力のかかる作業でした。しかし、2日間でのべ90名以上の方がご参加くださり、作業は順調に進行。監督であるご遺族の日比野塗装店さんも「これまでで一番完成度が高い!」と納得の出来栄えとなりました。

 
「箱根権現御饗応」(はこねごんげん ごきょうおう) 修復
 
 

五色園 第7次修復活動のもよう(2013年4月20・21日)

「川越の名号」「縁結び弁財天女」「桜ヶ池大蛇入定の由来」 修復
 

修復対象は「川越の名号」「縁結び弁財天女」「桜ヶ池大蛇入定の由来」の3場面9体。大作ぞろいの上、水際など足場の悪い場所ばかりという難易度の高い修復となりました。

どの場面にも足場を組み、親鸞聖人の手にした筆、お婆さんの足など、欠損していた箇所もあらたに作成して装着。いつも以上に、監督役の日比野塗装店さん、左官職人・井嶋守雄さんの準備、指導があればこその修復でした。

参加者は2日間で約100名。多くの方々のご協力のおかげで、無事に作業を完了することができました。

 

五色園 第6次修復活動のもよう(2012年4月7・8日)

日吉丸出世の緒(いとぐち) 修復2012年4月7・8日に第6次修復活動を行いました。修復場面は「日吉丸出世の緒(いとぐち)」。園内で唯一、親鸞聖人とは何の関係もなく、また時代もまったく違うなぜここにあるのかさっぱり意味が分からない、五色園の混沌さをある意味象徴する場面です。

とはいえ、カラフルな武士たちが豊かな表情とポージングで立ち並び、なおかつ橋と言う舞台そのものから作ってしまうダイナミズムは、まさに祥雲作品の真骨頂。園の裏・ハイライトとも言うべき場面です。

他のシーンと違って武士の像が中心のため、色分けが非常に細かいのが難点でしたが、ベテランメンバーを中心に彩色には大いにこだわりまくり、甲冑の家紋や鋲のひとつひとつまで丁寧に塗り分けていきました。さらに舞台となる橋の補修、塗装も合わせて行いました。

カラフルによみがえった9体の像が織り成す場面を是非ご覧ください。

 

日吉丸出世の緒(いとぐち) 修復

 

五色園 第5次修復活動のもよう (2011年10月15・16日)

2011年10月15・16日に第5次修復活動を行いました。 初日はあいにくの雨でしたが決行。翌日は打って変わって晴天となり、無事予定していた11体の塗り直しが完了しました。

参加者は約120名。今回は特に地元の皆さんの参加が目立ちました。地域の方々に、祥雲作品が長く愛されるようにしていくことが活動の目的のひとつです。地元の方のご協力はうれしく、心強い限りでした。

修復したのは「夜盗耳四郎聞法の場」。3つのシーンを勾配の上から下に向かって時系列的に配置したストーリー性、布団をかぶった如来様を盗賊が斬りつけようとしている大胆な構図など、非常に見どころの多い場面です。本堂裏の目立たない場所ですが、ピカピカに生まれ変わった姿を是非ご覧ください。

 

 

五色園 第4次修復活動のもよう (2011年4月16・17日)

2011年4月16・17日に第4次修復活動を行いました。お天気にも恵まれ、2日間で過去最高ののべ135名の方々がご参加!「月見の宴」の10体と「赤山明神貴婦人邂逅」の2体の修復が完了しました。

今回は、野外彫刻の修復を専門家の立場で行っている愛知教育大学・美術・彫刻の宇納一公教授とその生徒さんたち、同じく愛教大の地獄絵研究家・鷹巣純准教授、 そして前回に続いて大仏ライターの坂原弘康さん、五色園と同じく祥雲作品スポットである関ヶ原ウォーランドの館長さんと、多士済々のメンバー。 よりディープかつ専門的なアプローチで、修復に取り組むことができました。

「月見の宴」は五色園の入口すぐにある、来園者の目に真っ先に飛び込んでくる場面です。きれいに塗り直された人形たちを是非ご覧ください。

 

 

五色園 第3次修復活動のもよう (2010年11月13・14日)

第3次修復活動を2010年11月13・14日に行いました。 当初の予定日を台風のため中止とし、2週間延期しての仕切り直しだったため動員が心配されましたが、2日間で約70名の方にご参加いただくことができました。しかも、何とはるばる沖縄からはせ参じてくれた女性も! しかもしかも、中止となった日も飛行機がキャンセルできないために現地までやってきてくれ、2週間後に再度飛行機でリベンジ参戦してくれたのです! 祥雲さんファンの熱意、 恐るべし・・・・!

修復対象作品は「鈴虫松虫剃髪の得度」の8体。園内のおよそ100体の像の中でも、表情に趣があり、非常に完成度の高い作品群です。塗り直しに際してこだわったのが公家の女性である鈴虫松虫の着物の色。作品は何度か上塗りされ、剥げかけた塗装の下から別の色が現れていたのです。そこで、できるだけ建立時に近い時代の色を重視し、大胆な塗り替えを敢行することに。それぞれカラフルでありながら高貴な雰囲気を取り戻すことができました。

 

五色園 第2次修復活動のもよう (2010年4月17・18日)

第2次修復活動を2010年4月17・18日に行いました。
前回に引き続き約100名ものボランティアがご参加くださいました。
東京、埼玉、さらには広島と遠方から足を運んでくれた熱心な祥雲ファンから、ピクニックがてら気軽に参加してくれたファミリーまで、バラエティに富んだ集まりとなり、皆さんが和気あいあいと、かつ真剣に取り組んでくれました。

想像以上の人出だったため、当初予定していた「日野左衛門門前石枕」の場面に加え、急遽「肉付きの面」も修復対象に追加。コンクリート像7体+背景の修復が完了しました。

 

五色園 第1次修復活動のもよう (2009年10月24・25日)

2009年10月24・25日に第1次修復作業を行いました。ご参加くださったボランティアスタッフは、両日で何と100名近く!
地元のボーイスカウトのちびっ子たちから、はるばる東京から来てくれたカップル、親子連れからおひとり様まで、本当に多くの方々が協力してくださいました。

予定していた通り、「信行両座」のシーン12体の屋外展示仏像の塗り直しが完了しました。
場所は園の入口より100mほど進んだ右側です。
ピカピカにお色直しされたお坊さんたちを是非ともご覧下さい。

 

プロジェクト決起集会トークライブ (2009年10月15日)

現地での実作業に先がけ、現代アート批評家にして写真家の都築響一氏を招いてのトークライブを、2009年10月15日に開催しました。

会場は今池のライブハウス「Tokuzo」。当日は立ち見が出るほどの大盛況で、大いに盛り上がり、B級スポットや五色園、浅野祥雲氏に対する関心の高さを証明しました。

 

今後の修復活動について

修復作業は、今後も半年に1度ほどのペースで行っていく予定です。

とは言え、あくまでボランティアでのご協力のお願いですので、施設および作品、活動について、ご理解・ご賛同いただけますことが大前提となります。

オープン参加の催しではありますが、五色園は宗教施設であり、祥雲作品は宗教性をもってつくられた作品です。その点を十分にご理解の上、ご参加願います。プロジェクトの意図に反する行動が見受けられた場合は、ご参加をご遠慮いただく場合もございますので悪しからずご了承ください。

また、プロジェクトの活動内容に関しては、マスコミ各社の取材、大竹による記事執筆、参加学生らによる記録映像、レポート制作など、様々な方面での発表、告知をともなうことが考えられます。活動にご参加いただけます場合は、活動風景の画像・映像の使用をプロジェクトに一任いただけますよう、併せてお願い申し上げます。

修復活動は今後も継続的に行っていきたいと考えておりますが、活動存続のための最大の課題は運営資金です。 祥雲さんのご遺族である日比野塗装店様には、職人の手配から道具の準備まで、毎回相当額をご負担いただいており、左官職人・井嶋守雄様にも完全な手弁当でご協力いただいております。 せめてプロの技術・知識をご提供いただいている職人さんたちには最低限の日当をお支払いすることが、長く活動を続けていくためには不可欠と考えております。

つきましては、寄付金の募金口座を開設しておりますので、是非ともご支援賜り ますようよろしくお願い申し上げます。

寄付金お振込み口座(一口 1,000円)
浅野祥雲作品再生プロジェクト 代表 大竹敏之
三菱東京UFJ銀行 石川橋支店 普通 0010676

5口(5000円)以上ご寄付をいただいた「名誉サポーター」(赤文字表記)とさせていただき、特典としてプロジェクトオリジナル浅野祥雲バッヂを5口につき1個ご進呈させていただきます。
(※5口以上のご寄付者様は asasho_goshikien@yahoo.co.jp へご入金の旨ご連絡ください。ご入金確認後、プロジェクトより、バッヂ郵送先のご確認メールをご返信させていただきます)

【名誉サポーター特典 プロジェクトオリジナル浅野祥雲バッヂ進呈!】
プロジェクトオリジナル浅野祥雲バッヂ

ご寄付者一覧はこちら

 

以上、より多くの皆様にご理解・ご支援いただき、活動を進めていければと存じます。何方様も、何卒よろしくお願い申し上げます。

「浅野祥雲作品再生プロジェクト」発起人 大竹敏之

 

五色園修復活動のもよう 桃太郎神社修復活動のもよう

 
 

管理人プロフィール

大竹敏之
おおたけ・としゆき
名古屋在住のフリーライター。1965年愛知県常滑市生まれ。 ライフワークは珍名所探訪と浅野祥雲研究。
雑誌、新聞、Webなどの各種媒体に名古屋情報を発信。 Webガイドサイト『All About(オールアバウト)』では名古屋ガイドを務め、こちらでもグルメ、観光情報に混じってこそこそとB級スポットネタを発信している。

著書
『名古屋真相追Q局』(1997年、海越出版社)
共著:温泉太郎 『東海発 バカルト紀行』(2004年、風媒社)
『東海珍名所九十九ケ所巡り』(2009年、デイズ・中部経済新聞社)
『名古屋の喫茶店』(2010年、リベラル社)
『名古屋の居酒屋』(2011年、リベラル社)
『名古屋メン』(2012年、リベラル社)
『続・名古屋の喫茶店』(2014年、リベラル社・星雲社)
共著:森下えみこ『ご当地グルメコミックエッセイ まんぷく名古屋』(2014年、メディアファクトリー)
コンクリート魂 浅野祥雲大全(2014年、青月社)

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